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【Interview】佐藤伸一インタビュー



2009年、パリに「Passage53」を開店。2011年に日本人シェフとして初めてフランスでミシュラン・ガイドの二つ星を獲得した佐藤伸一さんは、その後も8年連続で二つ星を獲得。しかし、2021年にオープンを目指すレストランのために「Passage53」を離れ、新たな挑戦の道を選びました。今回は、日本に一時帰国中の佐藤さんに、料理の視点から見た日本とフランスや文化の継承について語って頂きます。



突然の帰国も「チャンスの時間」と捉えて

 

近衞:先日ホテルニューオータニで開催された「THE GASTRONOMY」※1で、佐藤さんと高田さんのディナーを頂きました。フランスの食材や器と、ミクソロジスト南雲さんを含めた日本の要素とを巧みに組み合わせた世界で、大変愉しませて頂きました。現在佐藤さんは次のお店の準備をされていらっしゃるとうかがっていますが、新型コロナウイルスのためフランスも大変な状況だったかと思います。その間はどうされていたのですか。 佐藤:パリで三つ星へ挑戦するために、新しい店の出資者や物件を探していたところ、新型コロナウイルスでフランスがロックダウンして、何もできなくなりました。そこで、昨年春に一度日本へ帰り、物件契約で夏にフランスへ戻ったら、再びフランスがロックダウン。再度日本へ帰国して、しばらく日本に居ます。しかし、本当にタイミング良く日本でのお仕事を頂いて。帰国したことで、日本の食材を色々と見たり、次の店に使う器を探したりする時間もできたので、ある意味チャンスの時間だと捉えて活動しています。 ※1 世界で活躍する日本人シェフフェア第11弾「THE GASTRONOMY」佐藤伸一×高田裕介 ホテルニューオータニ 2021/2/26~2/28

「THE GASTRONOMY」より ニシン | 晩白柚(ばんぺいゆ)


日本で変化した料理への眼差し

 

近衞:図らずも長期にわたり日本に滞在せざるをえない状況だと思いますが、佐藤さんの料理に対するお考えや姿勢に、新たな変化や影響はあるものでしょうか。 佐藤:以前は、フランスで培ってきた料理を作るには、ヨーロッパの食材がないと表現できないと思っていました。強い個性と個性とを掛け合わせて、美味しさを足すのがフレンチなので、日本の繊細な食材だと素材の味が隠れてしまうのです。例えば、日本のお魚は繊細なのでお刺身や干物、炭焼きにすると非常に美味しい。でも、ソースをかけると、魚自体の良さが活きてこない。クエやフグなど力強い魚で試作はしましたが、なかなか満足いくところまではたどり着けない。日本の食材を使ってフレンチを作る意味ってなんなのだろうと、もやもやしていた時期がありました。それでとにかく、日本中を旅しながら食べ歩くことにしたのです。

近衞:パリで長年フランス人相手に勝負してきた佐藤さんならではの悩みですよね。良い出会いはありましたか。 佐藤:はい。料理に使う素材を自分で育てているシェフとの出会いが大きかったです。彼は自分で作った野菜の個性を知り尽くしているので、日本の食材でも素晴らしいものを作れるのです。「フランスの食材を使わないと美味しくできない」という考えは、私自身の実力の無さだと痛感しました。今まではフランスで作ってきた料理に近づけようとしていましたが、そうするからできないのであって、「その土地の食材を使って美味しいものを作る」と考えることが大切なのだと、気づかされたのです。それ以来、料理するときにはそこにある食材をまず良く見て、必ず美味しいものに仕立てようと心がけています。

「THE GASTRONOMY」より 白ミル貝 | タケノコ, シラウオ | セリ, 乳飲み仔羊 | 桜


料理の職人を目指して

 

近衞:それは、大きな変化でしたね!ちなみに、「これはフランスでも使えるかも」といった食材や器はありましたか。 佐藤:前から、アワビや和牛は圧倒的に美味しいと思っています。他にもたくさんありますが、大体が現地で入手困難なので、フランスで使うとなると難しいです。これも輸送の面で難しさがありますが、友人の飯島奈美さん※2が販売している梅酢は素晴らしいです。良い食材を紹介してくれる、飯島さんのような方の存在はとてもありがたい。あとは、金沢の料理屋さんを訪れた時に良い器を見つけました。作家さんを教えて頂いて連絡してみると、その器が金沢市内でしか扱われていないことを知りました。とても素晴らしいのにもったいない。そういう物ってまだまだあると思います。 近衞:食材にせよ工芸品にせよ良い物を作る方は、必ずしも広報宣伝や営業が上手ではないですし、ご自分で日本国内を巡るにしても限界はありますから、キュレーションできる人が見つかると良いかもしれませんね。 佐藤:はい。他分野のプロフェッショナルの人たちと、「みんなで素敵なものを作って世界の評価を取りにいこう!」というパッションで、新しく仕事を進めていければなと思うのです。食材だけではなく、お酒、器、内装、音楽、スタッフの制服、店内の温度や湿度、香りなども含めて、お店に関わるものは全てきちんとデザインしたい。その中で、日本の良い物も伝えていければと思っています。例えば、メインダイニングのデザインは日本人の方にお願いして、ヒノキをはじめ日本の素材を選んで使っています。



「THE GASTRONOMY」より 尾長鴨 | ゴボウ

近衞:フレンチのレストランは食事をするところであり、エンターテインメントの場でもありますよね。パリで準備されている新しいお店では、ぜひ佐藤さんならではのエクスペリエンスデザイン※3を実現して頂きたい。例えば、日本の観光と海外の観光を比較してみるとわかりやすいと思います。日本ではしっかり説明がありますが、海外は最低限の説明だけで後は自由に楽しんでくださいと野放しです。そしてそれが、海外の方が満足する体験です。 佐藤:そうですね!テーブルへ案内したあとはお客さんの感性に任せられるような、素晴らしい空間をデザインしたいです。ただ、一番は「美味しい」を追求すること。一時帰国して、ちょうど今、日本の職人さんから大きな刺激を受けています。ひとつのことを極めていて、ミリ単位の仕事をするっていうのはすごいことだと思うのです。僕も料理の道における職人を目指して、美味しさで人を驚かせていきたいと考えています。 ※2 飯島奈美 7days kitchen代表。フードスタイリスト。映画、ドラマ、CM、広告、雑誌、屋台など食に関するさまざまな分野で幅広く活躍中。 ※3 エクスペリエンスデザイン ユーザーなどが製品やサービスを利用する過程や、そこで価値を感じる出来事をデザインする行為のこと。




フランス料理で世界に日本の良さを

 

近衞:ご自身は現地で認められた数少ないシェフでいらっしゃいますが、ここ十年程で、フランスにおける日本人シェフの見方は随分変化があったのではないですか。 佐藤:日本人はフランスでは信頼ある方だと思いますよ。でもまだ本当の意味で認められていないんじゃないかなと。例えば、料理の世界で日本人は能力が高いとフランス人から言われることも少なくないですが、実際フランスで三つ星を取っている日本人は一人しかいません※4。フランスの料理としては、まだまだ認められていない証です。僕は、目新しい日本の食材を大々的に使って日本の料理として評価されるのではなく、フランスの料理として評価されることを目指して挑戦を続けていきたいと思っています。フランスにある食材を基本にしながら、フランスで日本をどう表現すれば良いか。日本での長期滞在中に「日本ってすごい」と思える人や物とたくさん出会って、新しい店に相応しい要素をじっくりと探している最中です。 ※4 2020年に、小林圭さんの「Restaurant Kei」が三つ星を獲得した。


「THE GASTRONOMY」より カカオ | ハスカップ, 奄美黒糖 | ラムレーズン



実践を通して後世へ伝えゆく

 

近衞:料理の世界における伝統の継承についてはいかがですか。例えばお能や伝統工芸などは、この人が居なくなるとその技は消えてしまうということが良く起きているんです。 佐藤:料理人の世界もどこか似ていますね。料理人の世界は経済的に厳しい面もあり、調理師学校の生徒数も減っているのが現実です。ただ、僕自身、昔の料理を作ることはなくても、昔の料理方法を学んで、それをベースに新しい料理を生み出すことはあります。例えば今の時代、機械の温度を設定してピッとすれば仔羊は焼き上がります。でもその過程を知らないと、仔羊本来のコントラストがあることに気づかないままになってしまいますね。もしも電気が使えなくなったらどうするのでしょうか。だからスタッフには、生の状態から焼き上がっていくまでの過程を、仔羊に触って確認して貰うようにします。他にも、実際に毛付きの野兎を捌きながら、毎年冬になると野兎が獲れるからその季節に出回るんだということを伝えるなどしています。フレンチのベースになる技術や知識はとても大切で、誰かに教えて貰わないと身につきにくいのです。自分もたくさんの人から教わって育ちました。単にレストランで働いて貰うだけではなくて、そういう伝統的なことも伝えていきたいです。


「THE GASTRONOMY」のキッチン・メンバーと共に

近衞:素晴らしいですね。今おっしゃっていたベースを伝えていきたいという気持ちはどこから湧き上がっているのでしょうか。 佐藤:僕が星を獲る事が出来るのは、自分に技術を伝えてくれた人や出資者の方をはじめ、いろんな方のおかげだと考えています。その恩返しを、次の世代にしないといけないと思っています。例えば、若いスタッフに、ソースをかけさせたり、盛り付けをさせたりします。いわゆる雑用ではない仕事を若い時にすれば、「ああ、料理って楽しい!」と思える。料理人を続けるには、まずは料理を楽しいと思える原体験が重要なのです。ホテルニューオータニのように、大きなところで大勢で料理をする時は、次の世代への継承という面でも、なるべく多くの若手に料理の楽しさを感じて貰うよう取り組んでいます。 近衞:ミシュランのスターシェフに、本番の大事なパートを指導して貰うチャンスはなかなか無いでしょうから、皆さんとても興奮したでしょうね!佐藤さんのエキスペリエンスデザインはお料理を食べるお客様だけではなく、お店のスタッフも対象にしていると言うことが良く分かりました。パリの新しいお店へ伺うのが本当に楽しみです。本日は、日本滞在中の貴重なお時間をありがとうございました。




​佐藤伸一 プロフィール 1977年北海道生まれ。料理人。北海道での修行を経て、2000年に渡仏。2009年にはパリ2区でレストラン「Passage53」を出店し、2011年に日本人として初めてフランス版ミシュラン・ガイドの二つ星評価を獲得する。それ以降、8年連続で二つ星を獲得し続けた。新たな挑戦のため、2019年に「Passage53」を閉店。現在は2021年にパリ16区でオープン予定のレストランに向けて準備を進めている。 取材協力:ホテルニューオータニ

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