オリジナルデザイン扇「近衞引」
- Jingu
- 1月21日
- 読了時間: 5分
更新日:23 時間前
このたび、オリジナルデザインの扇が完成しました。
私たちの仕事は、映像制作であれば撮影場所や被写体を探すこと、イベントであれば会場演出に必要な大道具や小物を探し出すことも重要な役割のひとつです。突発的に、しかも簡単には見つからないものを求められることも多く、あの手この手で探し回る様子は、まるで「借り物競争」のようでもあります。
その都度、ご協力いただいた方には菓子折りをお持ちすることもありますが、特にお世話になった方へは、もう少し気の利いたお礼ができないかと常々考えていました。
他では手に入らないもの、オリジナルデザインのもの——さらにそこに、近衞家の歴史や伝統文化のストーリーが織り込まれていたら、これ以上ない贈り物になるはずです。
今回は、そんな想いから生まれた扇の制作背景と、デザインに込められた意図をご紹介します。

オリジナル扇 誕生の経緯
これまで私たちは、さまざまな伝統文化の継承者や、伝統工芸に関わる方々への取材を重ねてきました。折しも、京舞 井上流、そして宮脇賣扇庵への取材が続いたことが、本企画のきっかけとなっています。
京舞 井上流と近衞家の御縁は古く、江戸後期、18世紀後半にまで遡ります。
当時16歳だった井上サト(後の初代 井上八千代)が、行儀見習いとして近衞家に仕えたことに始まり、その後15年余りにわたって近衞家に仕えました。もともと舞の才能に秀でていたサトは舞で生きていくことを勧められ、それが京舞 井上流へとつながっていきます。
近衞家を去る際には、サトが仕えていた老女が名残を惜しんで和歌を詠み、家紋とともに一把の扇を贈ったと伝えられています。その扇に描かれていた柄が「近衞引(このえひき)」であり、現在も井上流では重要な扇の柄です。

こうした井上流との歴史的な御縁に加え、裏千家のお初釜の扇などを納めている宮脇賣扇庵との御縁を背景に、今回のオリジナルデザイン扇の制作に至りました。
近衞引という文様
デザインの核となっているのが、「近衞引」と呼ばれる縞模様です。
井上流初代が近衞家で風流舞を学び、「八千代」の名と「近衞菱」の紋を授かったという経緯から、この文様は流儀を象徴する大切な意匠として受け継がれてきました。
今回の扇は、その文様への現代的なオマージュとして制作しています。
表と裏、紺と白
扇を使う場面は和装が中心という印象がありますが、現代においては洋装で持つ機会も少なくありません。そこで、伝統的な和柄に寄せすぎず、シンプルで馴染みやすい表情を目指し、紺と白を基調としました。
表と裏で色を反転させることで、着ている服装や使用するシーン、昼と夜といった状況に応じて、白い面と紺の面を選ぶ楽しみを持たせています。その日の装いや気分に合わせて、使う人自身が表情を決められる扇です。
九つの線とグラデーション
井上流に伝わる舞扇は、霞のように美しい金銀のグラデーションで描かれます。今回はその表現を現代的に解釈し、横方向に互い違いとなるグラデーションで表現しました。
縞の本数は、舞の習得段階に応じて増えていくとされ、最上位にあたる扇は九本の縞を持つと言われています。恐れ多いことではありますが、その背景に敬意を払い、九本の縞をあしらっています。
また、グラデーションは点描によって表現することで、文脈としては京都とは異なりますが、あえて「江戸小紋(えどこもん)」の要素を取り入れました。
江戸時代の奢侈禁止令の美意識を背景に、両端から交互にグラデーションを配することで、独自性も加えています。


大小さまざまな点で描かれたグラデーションには、近くで見ると繊細さがあり、少し離れると、すっと落ち着いた表情を見せてくれます。
季節を問わず、フォーマルな場でもカジュアルな装いでも使いやすく、男性でも女性でも手に取りやすいデザインに仕上がりました。さまざまなシーンで楽しんでいただける扇と言えるでしょう。
鎌足彫
親骨の部分には、観世流に伝わる「鎌足彫(かまたりぼり)」の意匠を採用。
本来は親骨に直接彫刻を施すものですが、本品ではその雰囲気をデザインとして再構築し、UV印刷によって表現しました。

鎮折と近衞引
能の世界では、舞扇のことを「鎮折(しずめおり)」とも呼びます。
扇の先を強く圧し鎮めた形状をしていることから、こう呼ばれているそうです。
実は、観世流に伝わる鎮折には、鎌足彫だけでなく、近衞引も同様に伝えられています。
能の演目「鉢木」を、観世宗家の御先祖が舞われる際、「よい扇がない」と仰ったところ、近衞家の当時の当主から扇を賜ったことが、この柄の由来とされています。
以来、近衞引は家元のみが用いることを許された舞扇の文様として、今日まで受け継がれてきました。
また、観世流と井上流は血縁関係にもあり、そうした点でも深いつながりを持っているのです。


伝統の文様と現代的な感性を組み合わせたこの扇は、
京都の歴史と物語を映し出す、特別な一品です。
この扇が、伝統と現代、人と人を静かにつなぐ一本となれば幸いに思います。




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